ヾ(*`Д´*)ノ" 秋を愛する人は!
心惑う人?
心こそ 心惑わす心なり。
心に心 心ゆるすな。
(仙光寺 恵美 拝)
左ききの あなたの手紙。
右手でなぞって みたけれど。
いくら書いても 埋めつくせない。
白紙の行が そこにある。
友情なんて呼べるほど。
きれい事で済むような。
男と女じゃないことなど。
うすうす感じていたけれど。
あの夏の日がなかったら。
楽しい日々が続いたのに。
今年の秋は いつもの秋より。
長くなりそうな そんな気がして。
(o_ _)oドテッ!
またまた狂っておる・・・
妄想天国?
煩悩?
チ~ン・・・

「煩悩の秋!」にゃ~!
荒れ果てた雑草だらけの田畑に、なんの種を蒔いてもダメダメダメ。だからこそ、我々お百姓はせっせと日々、雑草引きに精出しておりんす。
さて・・・
3年前、ワテこと「仙光寺 恵美」サンマの心の中は、雑草で埋めつくされておりました。(ま、今もたいして変わらんケド・・・)
心の雑草すなわち・・・
怒り、そしり、ねたみ、愚痴・・・etc
「不平、不満、不足の心。」
とでも言いましょうか・・・
あたかも我が心、「雑草 = 悪想念」で満たされる。
これ、すなわち心が雑草で覆われた(支配された)状態。
注(心がスモッグで覆われた状態とも言う。)
しかし、それにも負けずせっせとワテは、願望の種を蒔きました。「成功・繁栄・幸福・喜び・富」の種を。
「ザ・シークレット(引き寄せの法則)」のマニュアルに書いてあるとうりに願望の種を蒔きました。
ケケケ~・・・ v(^▽^*) ピース!
「収穫時期が待ちどうしいワイ。ケケケ、フフフ、キャハハハ~!」
と、期待に胸を膨らませ、収穫の秋、実りの秋を待ちました。
そして、ついに実りの秋を迎えたのではあります。
で、収穫されたものはといいますと・・・
(o_ _)oドテッ!
①怒り多き。
②ねたみ多き。
③愚痴多き。
不平・不満・不足。多き日常生活。わが人生。
(ノ_-) で、でござましただぁ~・・・
「めんぼくない!」
雑草地になにを植えてもダメだというコトがあらためて理解?できた瞬間でもありました。
(心の雑草すなわち・・・怒り、そしり、ねたみ、愚痴・・・etc。不平、不満、不足の心。)
日々「心の雑草引き」が必要。抜いても、抜いても毎日、毎日出てくる雑草をほっておくと、あっという間に我が心「荒れ果てた田畑」になってしまいます。
そうならない為にも、「反省の実践」の必要性があるようです。
愚者 仙光寺 恵美サンマ としては・・・
怒り、そしり、ねたみ、愚痴、恨み、憎しみ、欲望。などの「悪想念」を出すのは、これはある意味「しかたがない」ことかも知れません。
「出すな!」と言われても、五官六根、煩悩に支配された肉体という船に乗っているワテには、まず無理。不可能です。
「しかし、反省ならできますぞ!」
ごめんなさい。
ゆるしてください。
ありがとう。
愛してます。
(o_ _)oドテッ!
ホ・オポノポノかよ?・・・
(^。^;)ゞ ま、まぁね・・・
「自分自身の心を苦しめたことに対する反省ですね!」
他人を幸せにするには、その前に自分自身が幸せでなければなりません。
他人を大切にするには、その前に自分自身を大切にしなければなりません。
他人に愛を与えるには、その前に自分自身を愛せなければなりません。
「自分が幸福でないのに、他人の幸福を心から祈ることが果たしてできるでしょうか?」
ワテにはできません・・・
ま、建前上はできるかも知れんケド・・・(^。^;)ゞ
つまり、ウソ、偽りならば・・・ネコをかぶる?
まず自分が「幸せ」になることです。その為には、何度も言ってるように「心に毒を盛らない」「心を雑草だらけにしない」事だと思います。
日々の生活の中で、感謝と反省の実践!「感謝と反省」その両輪が大切だと、つくづく身にしみて感じる今日この頃です。
もぅ、秋かしら・・・

「感謝と反省の秋!」にゃ~!
「実りある人生をあなたに!」
影と暗闇!管理人 「仙光寺 恵美サンマ」 より。
(^。^;)ゞ(最近は、まじめに更新をしております。)